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子どもはおやすみ

子育てを通じて感じたことと絵本の紹介

絵本の紹介 「3びきのくま」

「3びきのくま」は最も有名な絵本の一つだ。。。と言っても、私は自分が子供時分に読んだ記憶はない。つい最近、子供のために図書館で借りてきて初めてその存在を認知した。

3びきのくま (世界傑作絵本シリーズ―ロシアの絵本)

3びきのくま (世界傑作絵本シリーズ―ロシアの絵本)

 

子供の絵本なんて、1冊読むのにせいぜい10分しかかからないので、ハズレの本を読まされたところで大して痛くもない。ということで、我が家は図書館では基本ランダムに絵本を漁っている。その中で、返却本の棚については、すでに誰かのセレクションがかかっている本が並んでいるということで、効率良くアタリを引ける場所であると信じていて、まずはそこからピックアップしていくのが私の習慣だ。「3びきのくま」はこで見つけた本だった。

 

なぜこんなエピソードを書くかというと、そのとき「3びきのくま」を前に借りていたいであろうお方が、この本と同時に読んでいたであろう本もそうとは気付かず一緒にその返却棚から借りて帰ったのだが、この2冊の絵本を読んで、そのお方のセンスに感嘆したからだ。その本は「3びきのくま」のパロディ本だった。残念ながらタイトルを思い出せず、また私のグーグル力では検索でも見つけることもできず、それをここで紹介することはできない。後日またそれが判明したら追記したい。

 

「3びきのくま」のあらすじはググればすぐにわかるものではあるが、親子3匹のクマが森のお家を留守にして、しばらくたって帰ってくると、食べようと思って用意していたおかゆがなくなっていて、椅子が壊れていて、、誰の仕業だー!と思って寝室に行くとベッドで寝ている女の子がいて、その子が慌てて逃げ出していく、、というお話だ。これを読むと、留守の間の女の子の描写が無機質な感じであることもあり、意地汚い女の子がいるものだ、みたいな感想を持つことが一般的だろう。

 

はてさてそのパロディ本は同じ出来事をその女の子の視点から描いたものだ。すると不思議なもので、女の子には悪気なんてサラサラなく、森でお腹が空いたところでお家を見つけて、ちょうど良くおかゆもあったのだが、だれもいないようなので仕方なくこっそりとそれをいただき、その後ちょっと遊んだら拍子に椅子を壊してしまって、まあお家のひとにが戻って来れば訳を話そうと、少しベッドでおやすみしていたら、急にクマが現れてあまりにびっくりして逃げていった、、という話になる。(ちなみに残念ながら本書が手元にないので正確性に欠けた紹介かもしれないが悪しからず。)

 

こうして比べると、オリジナルのクマの視点によるストーリーのみから下したジャッジがいかに危ういものであったか気付かされる。言うまでもなく、我が家の前にこれら2冊を借りていたお方は、子供にそうしたレッスンを授けようと意図していたのだろう。恐れ入る。また、この「3びきのくま」自体は一見、特にメッセージ性を感じない。しかし、もしかしたら、こうした情報の不完全さにも関わらず、バイアスのかかった判断が下されることをあるいは見透かすような意図がこめられているのかも、、なんて感じたりした。

 

ちなみに、我が家が3びきのクマと同様の3人家族であるために、我が子も即興でこのパロディをしてくれることが多々ある。「大きな牛乳と中くらいな牛乳と小さな牛乳!」みたいなものだ。やはり「3びきのくま」のリズミカルな調子は子供に受けるらしい。ただし、我が子がこれら2冊の2つの視点からどのようなレッスンを得たのかは定かではない。