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子どもはおやすみ

子育てを通じて感じたことと絵本の紹介

今週の絵本 「ぷうちゃんのちいさいマル」

私の子供は文字を文字と認識しているが、まだほとんど読めない。一応、文字を識別しようとする姿勢を時折垣間見せたりする。ただ面白いもので、文字を覚えたいのかどうかさえもよく判別しないような興味の示し方にも見える。たまに文字を見つければ、これは何々の文字だと言ってみたりする。そしてたまに正解だと褒められて嬉しそうにしたりする。逆に間違っていてもそれを気にとめるでもなく、その周りの文字列を読んでいるかのようなそぶりで適当な言葉を発したりする。

 

子供が文字を読めるようになると、あるいは私が絵本を読む必要がなくなるかもしれないなどという淡い期待がないことはないのだが、特にそれ以外に不必要に早い段階で文字を読めるようになった方が良いだろうというほどのものはないので、これについて熱心に教えたりしているつもりはない。ただ、文字を教えようと思うとそれは存外に難しいというのは強く感じる。

 

まずひらがなとカタカナという2種類の文字があるのは混乱する。カタカナが出現したらこれはもう一つの文字だと説明するだけで何事でもないかのように振る舞うというのが現在の私の対応だ。さらに小さい文字になったり点々・丸がついたりすると読み方が変わったりするわけだが、これへの対応もとても難しい。というか、これについてはシステム自体は複雑ではないと思うのだが、実際に説明を求められる場面で子供がどのような動機でどこまで何を知りたいと思っているのかも判然としないので、システマティックな説明を振りかざすような状況には到底ならない。なのでこれは小さい文字だから、、と言ってその読み方を聞かせるだけに終わるのだが、まあ結局ただ流されているだけだろう。

 

そんな子供が思いのほか食いついた本がこれだ。

ぷうちゃんのちいさいマル (いっしょによんで!)

表紙絵の女の子がぷうちゃんだ。よく見ればわかるようにこの女の子には”まる”がついている。で、これが落ちると「ふうちゃん」になり点々がつくと「ぶうちゃん」になるというアイデアが肝の話だ。まあ大人としてひらがなを普通に使いこなす私から見れば、なるほどおもしろいねというくらいでおしまいなのだが、どういうわけかうちの子供はこれに食いついて、何回も読んで読んでとせがまれた。半年くらい前まではどんな本でも何回も読んだものだが、成長に伴う変化かわからないが最近はほとんどの本は1回読めばわりと満足してもらえていたという状況だったので、少し驚いた。で、何回も読んだわけだが、そうしているうちに何となく感じたのは、ちいさなまるとてんてんで何で名前が変わるのかよく考えようとしているらいしいというものだった。結局その後テストをしたわけでもないのでどこまで理解したのかは定かではないが、子供なりにこのシステムに納得したようであった。

 

ということで、最初の文字を子供に教えることについてだが、今回子供がこれを本当に理解しているかどうかは置いておくとして、とりあえず濁点システムについて一通りの説明をこの本がかわりにしてくれた形になった。で、結局なにがポイントだったかというと、まるやてんてんでなまえが変わり一連の出来事が引き起こされるという物語が具体的かつ唐突に示されたことで、子供が何で何でと頭を働かせることになったというところだろう。こうしてみると動機付けが学習の王道なのはそうとして、それをどう達成するかというのはなかなか狙ってできるものではなく、たまのこうした偶然の出会いの積み重ねの影響が大きいのだろうということを思う。

 

本書についてもう一言コメントするとイラストはかなりクセのあるものだ。普通の画風で女の子にマルをつけようとするとあるいはおさまりの悪いものになるといったことがあるのかもしれない。このあたりどういった経緯でできあがったのか興味深い(特に調べたりはしていない)。